第223回佐保カルチャー報告  2016年10月15日(土)13:30~15:00   於:佐保会館

 

講演会「奈良公園における鹿と植物の関係~もし、奈良公園に鹿がいなかったら?~」

   

  講師 :奈良女子大学理学部化学生命環境学科准教授 佐藤宏明

 

 奈良女子大学社会連携センター共催、奈良女子大学理系女性教育開発機構後援で開催され、53名の参加者がありました。男性12名や学生の参加もあり、講演後は興味ある質疑応答が交わされました。

 

 奈良公園でのどかに草を食む鹿、観光客を引き付ける奈良の代表的風景ですが、実はその裏に隠された功罪があるのを考えたことがあるでしょうか。

 広大な奈良公園の芝がいつも綺麗に整えられているのは、芝刈りをしているのでもなく、薬剤を散布しているのでもなく、鹿が天然の芝刈り機の役割を果たしているからなのです。また、鹿の大量の糞を餌とする食糞性コガネムシが糞を分解し、それが養分となり、芝を青々と茂らせています。反面、1100頭以上に増えた鹿の旺盛な食欲は、多くの木を減少させ、鹿の好まない中国原産のナンキンハゼや国内外来種のナギの分布を拡大させ、自然界には不自然な森を形成しつつあるのです。

 さらに佐藤先生の調査によると、奈良公園内のイラクサは、鹿に食べられないようにトゲ(刺毛)が著しく多く、自然淘汰によって進化を遂げていることがわかりました。それは隣接する寺やわずか500mしか離れていない奈良女子大構内のイラクサ集団ともDNAの塩基配列に違いが(トゲがほとんどない)認められたそうです。

 神鹿として保護され、奈良観光の目玉として愛されている「天然記念物」の鹿が増えすぎたことによって、皮肉にも「特別天然記念物」の春日原始林が脅かされている現実を認識し、鹿の保護管理のあり方に関心をもつと共に、鹿がトゲだらけのイラクサを進化させたという事象、ある生物の形質進化に他の生物が密接に関わっているという進化生態学的に貴重な事例に注目をしたいと話されていました。